甲子園のサイレン 目的は?あーと人の声のように鳴らす意味に納得!

   

 

甲子園が盛り上がっていますね。

今年は予選から波乱続きのようで、強豪校が次々と負けていく。

はやり全国大会へ出場するということは中々過酷な道だと改めて思います。

 

高校野球が好きな方なら毎年甲子園まで足を運んでいる方もいらっしゃるはず。

自分の母校が甲子園に出場することになったら、応援に行きたくなっちゃいますよね!

私、行ったことないので1度は行ってみたいんです。あっ、別に母校が出場している訳ではないですよ(笑)

 

甲子園と聞くといつも気になってしまうのが『サイレン』

あれ、何のために鳴らしているんですかね??

それに「あー」と人の声のような独特な音。

1日に何度か鳴らしますよね。

気になったので、サイレンを鳴らす目的を調べてみたんです。調べて納得してしまいました!

調べた結果をお伝えさせていただきます。

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甲子園のサイレン 目的は?

甲子園のサイレンは、なぜ鳴らすのか??

それは試合開始と終了の合図なんです。

試合開始と試合終了の時が分かれば、次の試合に出る選手たちやお目当ての試合を見に来た人も分かりやすいですよね!

じゃあ、サイレンを鳴らすのは試合開始前と終了時だけ。調べるまで私もそうだと思っていました!……これだから甲子園に行った事ない人は。って思われちゃいますね(笑)

 

実はサイレンを鳴らすタイミングは以下のようになります。

  1. シートノックのとき
  2. 試合開始前
  3. 試合終了後
  4. 8月15日の正午

普段は3回サイレンを鳴らしているんです。鳴らしている目的としては先ほどお伝えした通り次の試合に出る選手たちへの伝達手段…だけではなかったんです!

その他に最寄駅の駅員や売店の人など、球場の外部にいる人達に対して試合開始と終了を知らせる目的もあったんです!

 

なぜ球場の外部の人達に知らせる必要があるんですか??

それは甲子園の周囲が混雑するから!その混雑に対応出来るようにするためにサイレンで周囲に知らせていたんです!

特に駅なんてそうですよね。帰宅する人が一気に押し寄せてくる訳ですから。サイレンの音を聞いて人員を増やしたりも出来ますからね。

 

あと8月15日の正午に鳴らされるサイレンですが、この日は何の日か知っていますか?

終戦記念日です。

歳を重ねる毎に、戦争を経験した人は少なくなっていきますが、同じ過ちを繰り返さないために日本の

歴史の中で欠かす事の出来ないこと。

8月15日の正午に鳴らされるサイレンは戦争の犠牲者の方々へ捧げるものなんです。

試合の開始や終了を伝えているだけかと思いましたが、調べてみると色々な目的がある事が分かりました。

あーと人の声のように鳴らす意味に納得!

色々な目的がある甲子園のサイレン。

調べて行くと「あー」と人の声のように鳴らしていると。聞く人によっては『怖い』と思う人もいるようです。

では、なぜ人の声のように聞こえるのか?

これ、実は人の声で「あー」と言っていた時期があったんです!

 

人の声のように聞こえるではなく人の声だったんですよ、みなさん!しかもたった1人で60年以上もサイレンの声を担当していたんです!

その女性の名前は幣原 加奈子(しではら かなこ)さん。

終戦後の1946年の夏に高校野球が再開されましたが、それ以来63年間もこの仕事を続けていました。

 

戦前は『手回し式サイレン』というものを使っていたそうなんです。しかし、戦後に「女性の社会進出を活発にしていこう!」という指令がGHQという連合国軍総司令部から発令。

当時、甲子園球場で氷を売り歩いていた幣原さんが選出。高い給料に魅力を感じたそうです。

『女性の社会進出の第1歩はサイレンの声だ!』

連合国軍総司令部も、かなり奇抜な発想をするもんですね(笑)

 

サイレンの音を真似ると言う事は、簡単な事ではなく、数か月に及ぶ練習や思考錯誤の末、幣原さんはサイレンの独特な音を声で再現する事に成功!

サイレンの音を真似る事が出来てからも、結構大変な事が多かったそうですよ。

戦後に再開された甲子園大会ですが、設備もまだ整っていなかったため、幣原さんはマイクなしでサイレン音を発声していたとか!

当然のように喉を潰してしまう事も多かったそうです。

 

長く続けていれば体調管理も大変です。1958年第40回大会の時は、骨折で入院してしまうという事態に!

完別の女性に任せたそうなんですが、あまりにも普段のサイレン音と違いすぎるため、観客から苦情が殺到。完璧にサイレンの音を真似出来るのは、後にも先にも幣原さん1人。

機械を使えば良いと思うんですが…。

結局どうしたかというと、入院先の病院にマイクを設置して、甲子園まで中継したそうです(笑)

録音とかではダメだったんですかね。

 

色々なアクシデントを乗り越えてきましたが、年々歳を重ねる毎に、昔のような大声が出せなくなってきます。

数年間はマイクのボリュームを上げて対応できていましたが、2009年の夏を最後に引退を決意されました。

今は地元の草野球大会などで活動しているとか。

 

幣原さんが引退してからは、サイレンはどうなったか?気になります。

甲子園の広報担当者が言うには

「普通のサイレンに戻しますよ~」

とアッサリ回答。

60年間以上頑張ったのに、アッサリ機械音に戻すとは。

 

ですが、幣原さんが長い間サイレン音を真似ていたのは、無駄ではなかったと思います。

女性の社会進出へ貢献している訳ですから!

今現在、場内アナウンスはウグイス嬢が担当。サイレン音はボタンを押して鳴らしている訳です。

女性が活躍する場のきっかけになったのは間違いなし!

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甲子園のサイレン 目的は?あーと人の声のように鳴らす意味に納得!まとめ

甲子園のサイレン 目的は?あーと人の声のように鳴らす意味に納得!についてお話しさせていただきました。

甲子園のサイレンの目的を調べてみましたが、試合開始と終了を選手たちへ伝えるだけでなく、周辺の駅や売店の人達にも伝える役割があったんです!

そして、甲子園は戦争により中断していた時期があります。戦争の終戦記念日の8月15日の正午に犠牲者へ捧げるものとしても鳴らしていたんです。

 

「あー」と人のように聞こえて怖いと言われていますが、本当に人がサイレン音を出していた時期が60年以上もあったんです!

60年以上もサイレン音を出していた幣原さんのおかげで、女性が社会進出するキッカケにもなりました。

「甲子園のサイレン音は怖い」と言われていますが、甲子園のサイレンの目的を知り、歴史を把握した事で、印象が変わりました。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

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